ゴースト･トロピック

　仕事帰りの電車でうっかり眠り込み、終着駅まで乗り過ごしてしまった清掃員として働く中年女性ハディージャが、徒歩での帰宅途中に真夜中の街で出会う人々との交流を静かに描いた一夜の物語。

　ブリュッセルの街を南北に縦断するような帰り道の途中、ハディージャが出会うのは商業施設の夜間警備員男性、犬を連れて歩道で寝込むホームレスの老人、かつて自分が家政婦として働いていた家に勝手に住んでいるらしい若い男、立ち寄ったコンビニで家まで送ってあげようと申し出てくれる店員の若いシングルマザー、そして彼氏らしき青年と親しげな言葉を交わす自分の娘など。ときに相手が心配になって警察を呼んでやったり、逆に心配されて相乗りを申し出られたり、真夜中の夜道というちょっと危なっかしいシチュエーションの中でハディージャの周りには、彼女の持つ温かみもあるのかもしれないけれど、乾いている中にもなんとなく温さも感じられるような会話がぽつぽつと生まれる。ハディージャの娘が彼氏と交わす会話は今どきの子らしいといえばそうかも知れないけれど、おそらく自分が思っていたよりしっかりした娘の姿を陰から伺いみて、知らなかった娘の一面を知った彼女はどんな気持ちだったのだろう。

　家に帰り着く頃には夜もすっかり更けて、仮眠の後に早朝から彼女の一日は始まっていくけれど、ちいさな出来事の積み重ねのなかで彼女も「また一日が始まる」と思えるのだろうか、
…と書いたところでふと「PERFECT DAYS」を思い出した。ハディージャにとってはイレギュラーなたった一夜であっても。

原題：Ghost Tropic　監督：バス・ドゥボス　2019年製作
出演：サーディア･ベンタイブ、マイケ･ネービレ、ノーラ･ダリ、シュテファン･ゴタ
2024.4.7鑑賞　＠Stranger