第二次大戦時、アウシュヴィッツ強制収容所の所長であったルドルフ・フェルディナント・ヘスの一家をモチーフにした小説の映画化。とはいっても原作の方は明確にヘス一家の物語として語られてはおらず、主要な登場人物の3名の視点から語られるオムニバスっぽい形式らしいので翻案作品としたほうが良いのか。
収容所からブロック塀一枚隔てただけの敷地に住まうヘス一家は誰もが憧れるような理想の家で楽しく暮らす。白い瀟洒な屋敷で女中たちにかしづかれる妻はさながら「アウシュヴィッツのマリー・アントワネット」。戦時中だというのに食事に困窮することもなく、庭や温室には美しい花が咲き乱れ、夫の休日には近所の水辺でピクニックに興じるなど上流階級のような生活を送る。壁の向こうで何が起きているかはもちろん知っている。その音も臭いも、遮断されることなく常に彼らに共有されているのだから知らないわけがない。それでも夫婦は意に介さない。気にしていたら夢のような我が家では暮らしていけないから。夫は収容所のより効率の良い「炉」の開発を模索する一方で時にはユダヤの若い娘を自宅地下室に連れ込み、妻は家に持ち込まれる収容された人々の所有物だった毛皮や小物を物色しては、あまった衣服を寛大なお心よろしく女中たちにわけ与える。幼い娘は夜な夜な隣の煙突から上がる炎を飽きることなく見つめている。そんな環境にドイツからはるばるやって来た妻の母親は1泊しただけで耐えきれず、娘あてに置き手紙を残して早々に帰ってしまうが、夫婦は逆に届いた昇進の転属配置換え通知に戸惑い、妻に至っては自分はこの場所を離れたくないのだと怒りをぶつける。映画オリジナルのフィクションなのかはわからないけれど、傍目には吐き気を催す描写であってもおそらくは現実も大差なかったのではと思う。でなければ戦後「何があったのか自分は知らなかった」などの言葉は出てこないだろうから。
アカデミー賞での監督の受賞スピーチを巡るその後の批判報道を巡っても様々なことを考えさせられたけれど、ガザに対するイスラエルの攻撃に反対するのもはばかられるような空気が蔓延しているというドイツには正直言って言葉がない。ドイツだけでなく今も昔も「関心領域」は世界中どこにでもある。人って怖い。
実際のヘスは戦争終結後ニュルンベルクで裁かれ戦犯として絞首刑になったけれど、家族は戦後を生きのび米国に渡った子供もいたそうで、過去を振り返るレクチャーをしている子孫もいるとのこと。本作の影響かヘス一家のドキュメンタリーもいくつか作られているようなのでそのうち観てみたい。
原題:The Zone of Interest 監督:ジョナサン・グレイザー 2023年製作
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
2024.5.24鑑賞 @109シネマズ二子玉川
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