3/20/2023

世界で一番美しい少年

 ルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』で鮮烈な世界デビューを飾り、同時に「世界で一番美しい少年」として映画史に刻まれたビョルン・アンドレセン。ベニスの少し前に取られた『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー(純愛日記)』(71年ロイ・アンダーソン監督)が本当のスクリーンデビュー作のようだけれど、以降“永遠の美少年”のイメージとともに映画ファンならずとも記憶に残る役者となった彼については、あの人は今的な話題でひどく苦労したことが語られたり、時には死亡説などもあったような記憶があるけれど、2019年公開の『ミッドサマー』でスクリーンに突然復帰する。そんな近年に至るまで彼が過去を振り返った本作には実に驚かされたと同時に見ていてとても心が苦しくなった。

 オーディションで世界的な監督に命じられるまま服を脱ぎ、関係者の前で下着姿でポーズをとらされ合格、監督が命名した「世界で最も美しい」という枕言葉がついて回り、イメージを損なう新作はNGと芸能活動を制限されたビョルン。彼の受けた仕打ちは今の世なら無数のハラスメントに該当するだろうけれど、おそらく当時の彼にはきちんと守ってくれるような存在はなく、祖母や業界の管理者に従うしか手段は選べなかったのだろう。彼のどことなく「なるようにしかならない」風のものを感じさせる今の佇まいってそこから来ているのではないだろうか。

 そしてそんな彼の不幸に加担していたといってよかろう、昔から人気の白人美少年タレントをCMに起用したり日本語の歌まで歌わせてレコードを作った日本の芸能界が非常に恥ずかしい。薬まで与えられて朝から夜中まで働きずくめでかわいそうだったと思う、とか今頃言っちゃう当時の世話役。そんな酷使の反省を語るでもなく「あの子は音感が良かったから日本語の歌もすぐ覚えてね♪」とか嬉々として語ってみせる当時のアイドルを一手に引き受けていた売れっ子レコードプロデューサー。いくらビョルン自身が楽しい思い出と語ってもどうかと思うし、また「ベルばら」のオスカルのモデルはビョルンだったというのはこれまた初めて知ったのだが、初来日から数十年ぶりに来日したビョルンに対面した池田先生が「美しい外見だけでなく内面を(オスカルのキャラ造形に)反映できていてよかった」というようなことを話していたけれど、これもまた「は?」というかギモンしかなかった。

 幼い頃に失踪した母親の死の真相や生まれたばかりの自分の息子の死なども十分辛いのに、ここで具体的には語ることなどできないような苦しい体験ももっともっとあるのかもしれないけれど、長い長い年月を経てかつて母が書き残した言葉のように、ようやく彼は扉をくぐり抜けて過去を過去として閉じることができるようになったのかもしれない。彼女さん、妹さん、お嬢さんに支えられつつもビョルンにはこの先幸せな人生を送ってほしい、と心から真剣に願うばかりだ。

原題:The Most Beautiful Boy in the World 2021年製作
監督:クリスティーナ・リンドストロム、クリスティアン・ペトリ
出演:ビョルン・アンドレセン(ドキュメンタリー)


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