1960年代のイタリアで起きたアルド・ブライバンティという劇作家・詩人で蟻の生態研究家が「教唆罪」なる罪で裁かれた実話をもとに、被告アルド、「被害者」の青年エットレ、裁判を傍聴し疑問を呈する記事を書き続けた新聞記者エンニオの葛藤を描いた物語。
エットレとアルドは確かに惹かれ合っていたのだろうけれど、恋愛感情だけに突っ走るのではなく師弟としての深い相互理解があったようにみえた。そこに力付くで割り込んで二人を引き離したのはエットレの母と彼をアルドのもとに連れて行った兄だけど、この兄の逆恨みというかアルドとの関係が感情的に見えたのは気のせいか。
イタリアでこの「教唆罪」なる罪によって有罪判決を受けたのはブライバンティのケースだけだったという。市井には同性愛は罪深く恥ずかしいという偏見が厳然として存在した時代だが、大戦中ムッソリーニ政権は「イタリアには同性愛者など存在しないのだから裁く法律もない」とした。罪の対象であるわけがないのだからそれは当然ではあるのだが、アルドはなんとしてでも彼を裁くために「若いエットレをそそのかした」と教唆の罪をあてがわれた。裁判中のアルドは作品中でも描かれたようにまったく反論もせず背を向けたままだったというけれど、そもそも成立しない訴えで裁きを受けさせられることへの反発であり、無意味なこじつけの裁きにへの抵抗だったのだろう。
エットレは「病気」を治療するために電気ショックをかけられて逆に廃人のようになりかけるけれど、そのくだりはルイジがかつて出演した『輝ける青春』を思い出す。当時のイタリアでは同性愛者は何かしら精神の疾患を持っているとみなされて(ナチスドイツみたい)、そうした患者たちは脳に電気ショックをかけて「矯正」する治療が実際に70年代後半ぐらいまで続き、それらがあまりに非人道的だと批判され21世紀に入る前にはかの国の精神科病院はすべて撤廃されている。こうして「人権が蔑ろにされていた時代に」とくくるのは簡単だけど、今の時代も電気はともかく大差はない気がする。新聞記者として正しく報じたエンニオが最後に受ける不遇にしても古今東西かわらない。
ルイジとエリオの芸達者ぶりは相変わらず安定してるけど、やはりエットレ演じたL・マルテーゼが印象的だった。どこかで?と思ったら鑑賞順が逆になったけど『エドガルド・モルターラ』の青年だったのか。新作では以前にエリオも演じていたジャコモ・レオパルディを演じるとのことでこれも興味あり。あと、お母さん役の二人の女優さんたちもそれぞれの立場は違えどうまかった
原題:Il signore delle formiche 監督:ジャンニ・アメリオ 2022年製作
出演:ルイジ・ロ・カーショ、エリオ・ジェルマーノ、レオナルド・マルテーゼ
2023年イタリア映画祭上映作品
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